ふるさと池田
リメンバー”いけだ”(昔の池田の風景を紹介しています。)
 池田小学校は、瀬戸内海国立公園に浮かぶ「オリーブの島」小豆島(香川県小豆郡)の東南部に位置する小豆島町にあります。四季を通じて温和な瀬戸内式気候で、地中海の気候とよく似ており、オリーブの木がたくさん生育しています。そのようなことから,小豆島はギリシア・ミロス島(「ミロのヴィーナス」が発見された島)と姉妹島縁組みをしています。小豆島は、日本におけるオリーブ発祥の地として、また、壺井栄の小説「二十四の瞳」の舞台として全国的に知られています。ほかには、日本三大渓谷美に数えられる寒霞渓、現在も継承されている中山の農村歌舞伎舞台など数多くの観光スポットを有しています。
 平成18年3月に、池田町と内海町が合併して小豆島町が誕生しました。校区は、旧池田町の池田、中山、蒲生、二生、三都の5地区からなり、手延べ素麺づくりや、すもも、電照菊の栽培がさかんな地域です。


オリーブの実
オリーブは,モクセイ科の常緑中高木樹で,紀元前3000年頃には中近東一帯で栽培,採油されていました。旧約聖書創世記「ノアの箱舟」の話の中で,ノアは放した鳩がくちばしにオリーブの葉をくわえて帰って来たので,水が地上からひいたことを知りました。また,世界の平和を願う国際連合の旗には,地球をつつむオリーブが描かれています。1901年,香川,三重,鹿児島の3県に植えられたオリーブのうち,小豆島の507本が見事に成長をとげ,3年後には7sの果実が収穫されました。以来,小豆島のオリーブは年々その収穫量を増してゆきました。昭和30年には香川県の「県花」に,昭和41年には「県木」に選ばれ,平和と観光のシンボルとして広く親しまれています。オリーブは,年中銀色の葉がゆらぎ,5月末に白い花を咲かせ,島中が香気につつまれます。無数の白い花が秋になると青い実を結び,10月(グリーンオリーブ)から12月(油用)にかけて収穫されます。
小豆島町とオリーブについて


しあわせの像(平木)

すももの実

満開のすももの花
「二十四の瞳」電車ごっこをしているカエルの先生と子どもたちの石像です。 すもも(レットスター)は昭和初期から栽培されている小豆島町の特産品です。初春にピンク色の可憐な花をつけ、初夏に真っ赤な甘酸っぱい実をつけます。


長崎のしし垣

長さ約280b,最高部160p,幅60pの土壁が尾根づたいに続いており,ほぼ完全な形で残っています。かつての小豆島には約130qにもわたって長大な石垣が張り巡らされていました。山地と集落を区切るように築かれたこの石垣は,稲や麦,さつまいもなどの農作物を鹿や猪などから守るために江戸時代中期に全島に造られていました。

中山の千枚田

農水省の「日本の棚田百選」に選ばれています。 標高130〜250bの約8.8fに小さく狭い733枚の水田が,ひな壇のように上へ上へと広がっています。背後の湯舟山(標高約400m)からわき出る水のおかげで稲作ができます。この水は,環境庁の「日本の名水百選」にも選ばれており,年中枯れることなく昔から霊泉として親しまれています。南北朝時代の「湯舟山縁起」に水の記述があることから、南北朝(約700年前)から江戸時代にかけて作られたものと考えられています。

池田の桟敷(浜条)
国指定重要有形民俗文化財(昭和51年8月23日指定)
奥行3m程の石垣桟敷が8段あり,長さ80m,高さ18mの大きさです。

1812(文化9)年以前に構築されたもので,毎年10月16日の亀山八幡宮祭礼の見物席として利用されています。
城跡のような巨大な観覧席は,古代ギリシャの野外劇場のようです。
(昭和51年8月23日 国の重要有形民俗文化財に指定)


太鼓の返しの技

亀山八幡宮太鼓祭り

オシコミ(神浦地区)
小豆島の祭りに太鼓台がかつがれたのは,寛政年間ごろからと考えられています。
布団を積み重ねた形になったのは,文化文政のころといわれています。
町指定無形民俗文化財(昭和62年12月15日指定)
片道7キロの海上を運び,舟の上ではサイを持って踊りが披露されます。


中山農村歌舞伎

花寿波

電照菊の栽培
中山の舞台:国指定有形民俗文化財(昭和62年3月3日指定)
小豆島農村歌舞伎:県指定無形民俗文化財(昭和50年7月31日指定)

 江戸時代後期から今日に至るまで春日神社の奉納芝居として上演が続けられています。
目見ヶ谷海岸の近くに並ぶ大小2つの島。波の上に浮かぶ美しい島という意味で,花寿波と呼ばれるようになりました。大島と小島の間は,小舟が通れるほどの海食洞門があります。 昭和25年に試作に成功し、50年を超える歴史を積み重ねてきました。かつては、全国三大産地の一つと言われ、全国的にも高い評価を得ています。正月前後に出荷できるよう秋の夜間に電灯照明することで開花を遅らせます。


殿川ダム(中山)
伝法川支流のダム
堤高 : 35.6m  堤長 : 192m
貯水量 : 69,000 tons 
竣工 : 1994

誓願時の大蘇鉄(二面)
樹齢500年以上といわれ,根幹周囲8.1m高さ2.5mの雌樹です。(大正13年12月9日 国の天然記念物に指定)

蒲生から望む屋島方面
大麻山(428b)中腹の西の瀧(小豆島八十八ヶ所霊場42番札所)から


手延べそうめん

三百年祭供養

兵左衛門太鼓
今から約400年前の慶長年間の初め,お伊勢参りに加わった池田の農家の一人が,大和の国の三輪村(奈良県桜井市)で手延べそうめん作り技術を習って来て作り始めたと言われています。小麦粉,食塩,ごま油を原料としており,職人独特の手練の手延べ法によってだんだんと太い麺から細い麺に仕上げ,天日にさらして完全に乾燥しています。 池田村の大庄屋であった平井兵左衛門は、江戸時代に自らを犠牲にして、幕府に年貢の減免をうったえた「ふるさと池田の義人」です。越訴の罪で1712年に処刑されましたが、2011年には三百年祭が行われました。江尻が浜の五輪の塔で追善供養がおこなわれ、馬場の「平称霊神」前では兵左衛門太鼓の奉納がありました。

平井兵左衛門を紹介したリーフレットです


城山

映画「二十四の瞳」のシーン

西の滝から望む池田湾
南北朝時代(1330~1393)に、南朝方の 備前児島の武将 佐々木信胤配下の須佐美紀伊守基世が、池田の荘を拝領され、城山(別名鉢伏山)の頂上(標高113.7m)展望台付近に1347年頃 池田城を築城したと伝えられています。
1954年(昭和29年)には、壺井栄の小説「二十四の瞳」が映画化(木下惠介監督・高峰秀子主演)され、大石先生と子どもたちが桜園地の広場で「電車ごっこ」をして遊んだシーンのロケの舞台にもなった桜の名所です。
「小豆島の春は,お遍路さんの鈴の音とともにやってくる」 それは数百年にわたって続いている年中行事で,島の春を告げる風物詩になっています。
 小豆島八十八ヶ所霊場は「島四国」とも呼ばれ,全行程が四国霊場の約10分の1で,ほぼ150qにわたっています。


池田港

転任される先生方の見送り

カエルの人魚のモニュメント
池田港では高松港行きのフェリーが1日8往復発着しています。待合所は秋まつりの太鼓台を模しており,フェリー船上にはマスコットキャラクターのキリンやパンダが見えます。


地蔵崎灯台

釈迦ヶ鼻園地から高松方面
釈迦ヶ鼻園地は、小豆島の最南端に位置し、県獣であるホンシュウジカの生息地でもあります。地蔵崎灯台付近から瀬戸内海への眺望は「さぬき百景」や「夕日百選」にも選定されています。浜辺には石造釈迦座像が有り、地蔵崎・釈迦ヶ鼻の地名の由来となっています。